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元シンガーソングライター。。息子が揺るぎない私の居場所をくれたから。

chikako-albumOpinion

多少なりとも私を知っている人は、恐らくこのブログの説明にある『元シンガーソングライター』という『元』に衝撃を受けているかも知れないなぁ。。。

今日はとっても個人的な話で申し訳ありませんが、そこら辺のご説明?を。

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居場所がなかった。。。気がしてた

複雑な家庭環境

ここら辺の話はとても繊細は話だから、もっとじっくり時間をかけてお話しようと思いますが、ざっくりと。。。

私の母は言葉は悪いけど略奪婚ってやつでした。

既に二人の子供がいた父と若くして出会い、父は離婚して母と一緒になりました。

羽振りが良くて気前の良いエリートサラリーマンだと思っていたけど、いろいろあって結婚してからは大変で二人で多摩川でホットドッグ売ってお金を貯めたとか。。。

23歳で結婚して、そんな苦労をして、なおかつ前妻の子供二人(小学生男女で結構やんちゃな子)の母親となった母は覚悟の上とはいえ、相当きつかったと思います。

そんなドタバタの中私が生まれました。

恐らく母は限界って感じだったのかな。。私の一番最初の記憶は父と母がケンカをしているのを暗い部屋から見ている。。。という記憶です。

そんな中で私は大人しくて、うつむいてもじもじしてるような子でした。

ブラックchikako
ブラックchikako

今の私を知ってる人は恐らくここで「おいおい!冗談やめて」って爆笑するね

バイタリティーのある父はあっという間に大変な状況を逆転させて会社を立ち上げ一気に中の上ってくらいまでには成り上がりました。

1円ももらってない私からしたら夢のような話だけど、毎月20万ちょっとの養育費を渡せるようになったこともあり、その頃には前妻の子たちは本当の母のところに戻り、私たちは3人での生活になりました。

余裕ができると母は反動のように私だけに集中し、過保護ゆえのスパルタというか教育熱心な親となってこれが大人しく愚図な私には相当辛かったのか、もちろんこれだけではなくて私自身の性格的なものが大きい要因となって、この頃からチックとかを発症します。

軽度ですが強迫神経症もあって、これはかなり長いこと苦しめられました。

ずっと過保護な一人っ子だったのが8歳の時に弟が生まれて、父母の愛情は一気に弟に行きました。

これがまた私の物凄く大きな喪失感となり、その5年後に父が亡くなったことはさらに大きな喪失感となりました。

そして1年絶たずに再婚した母の再婚相手(内縁)と思春期真っただ中の私はどうしても上手くいかなくて、その後10年近く私は男性に対する恐怖心や憎悪をもち、さらにこの間にあったある出来事により男性恐怖症のような状態になりました。

彼の名誉の為に言っておきますが、本当に良い人で、母や私たち家族のために誠心誠意尽くしてくれた人です。それでも受け入れることができないという自分のかたくなさもまた辛かった・・

 

歌うことだけが私の居場所だった

母も内縁の夫である彼も誰も悪くないのに。。。私はどうしても家族として笑い合うことができなくて、心に闇を抱えていきました。

そんななかでただ一つ歌う場所だけが私の居場所となり、ここでだけ私は輝いていて、もしくはドロドロした自分すらさらけ出すことができて、本当の自分でいることができる場所でした。

だから、私にとって歌うことは生きることそのもので、歌わなくなることが来るなんて1ミリも考えたことなかったです。

息子が生まれてくれて全てが報われた!けど一方で。。。

本当の意味での居場所を手に入れる

そんな私が息子を身ごもりました。

子供への愛は無償の愛であり、だからこそ絶対的で揺るぎようのない私の居場所を与えてくれました。

だから、正直子供を身ごもった時点で揺るぎない居場所を手に入れた私にとって歌うということは意味を失っていきました。

それでも取り戻したかったかつての輝いていた場所

それでも、かつて私は自分の全てだと思って必死で死守していた場所だけに、そこに対する執着はずっとありました。

結婚していたら、もっと余裕もあって昔とは違う意味で楽しく音楽活動をできたんだろうなぁとは思いますが、シンママになって音楽活動をするなんてどれだけ贅沢なことなのかを思い知らされた私は、かつてのライバルたちが輝いている姿をSNSなどで見るのが辛くて、、また別居時代にやらかしてしまったこともあり一切のSNSを辞めました。

次第に音楽を聴くことも嫌になり、ギターやキーボード、MTRなどの録音機材はもちろん、最後にはCDプレイヤーさえクローゼットの奥にしまい込んで、一切音楽と関わらない生活をしていました。

私の場合、元旦那が音楽関係だったので、余計にですね。

養育費も払わずにのほほんと楽し気に音楽活動している奴の姿を知って、その怒りが音楽自体への嫌悪になってしまいました。

再び音楽を聴くようになったのは母に勧めらたK-POP

ブームにのっかった母に韓流ドラマをすすめられ(笑)

そうして音楽とは全く無縁の生活を送って数年たった頃、ブームにのっかって韓流にはまった母から会うたびにDVDを渡されて「凄い良いからこれ観て!」と韓流ドラマをじゃんじゃん見せられます(笑)

正直、ほとんどはしょうがなく観ていたという感じでしたが、その中にはまったドラマがありました。

『ドリームハイ』です。

芸能高校を舞台としたドラマでやっぱり自分が音楽や芸事が好きなんだなぁと思い知ります。

初めてアイドルにはまって音楽を気軽に楽しく聞けるようになる

このドラマにはまったことで、ここに出演していた役者さんがアイドルということを知り、ここから私は初めてアイドルというものにはまりました。

分かる人は分かりますよね?2PMです!

その昔ブームに乗っかって高校生の頃に『New Kids on the Block』とか一瞬はまってたような気がするけど、基本アイドルというジャンルに全く興味なかった私が何でここでアイドルにはまったかって言ったら、恐らく音楽を精神的なこと全く抜きに純粋に聞けるようになったからだと思います。

彼らにはまったことで私はこれまでとは全く違う感覚で「音楽って楽しい!心地よい!」って思えるようになりました。

極端な選択では合ったけど、こうして私は数年の無音時代を超えて、やっと純粋に音楽を楽しめるようになりました。

元シンガーソングライターと言える今

そんなわけで、かつてのchikakoとしての音楽に対するスタンスは息子が生まれた時点で私の中からなくなりました。

だからこそ元シンガーソングライターですと今は絶望感ではなく清々しい気持ちで言えるのです。

以前とは全く違う気持ちで純粋に音楽を楽しめるようになり、もちろん時間やお金の余裕があるものならそんな今だからこそ歌いたい!と言う気持ちはあります。

でも、まぁそんな時間もお金もないのでそれは当分無理ですが、渇望するほど求めていたあの夢と言うのとは違って、もっと単純な「いつか○○できたらいいな!」という夢に変わりました。

だから私は元シンガーソングライターです!

そういうわけなので、、どうか悲しい気持ちにならず、どうぞご心配なく!

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